あれこれメモ

発表会 青い鳥 きこりのお父さん

今年のとまと組さんの劇は、「青い鳥」のお話にしました。「青い鳥」のお話、もう何回も演じているので、「また、青い鳥なの?」と思うかもしれません。でも、今回は、視点を変えて、「きこりのお父さん」をテーマにしてみました。この台本は、昨年の発表会が終わってすぐに作りました。ほぼ、一年前になります。お子さんたちに理解して欲しいことをお話にしてみました。自分は、台本を書くところまでの担当です。台本をどんな風に理解し、そのことを素材に、どんな風に仕上げていくかの演出は担任の先生にお任せです。担任の先生と、お子さんとの保育のかかわりの中で、どんな作品に仕上がっていくのか、とても楽しみです。

ないものを創る・・・ぞうさん

乳児部B棟トイレ

 ホームページ担当の先生からは、「更新してください。」と強くいわれているのですが。現場の作業に集中する時間が多く、なかなか更新作業をしていません。このところ(あいまいな表現ですが・・この数年というか)ほぼ毎日、先生たちから、「つくってください。」という依頼があり、、まなび棟では1階と2階に椅子30個ずつ、合計60個お願いしますとか、、。机30個お願いしますとか、ベンチも、カウンターも。とか。それらを全部買うお金がないこともありますが、そもそも、カタログにないものが大部分で、ひとつずつ、新たにコンセプトを煮詰めて、デッサンするところからはじめます。(ホームページを更新していない言い訳です。)ともかく、いままでに存在しないものを創るのは、楽しい作業です。さて、これも、今まで存在していないものです。なんでしょうか?わかりますか?
 乳児部B棟は、0歳児のお子さんの棟です。2階建ての建物で、1階、2階それぞれの階にトイレがあります。このぞうさんは1階と2階に2頭ずつ、合計4頭います。
 このぞうさんがいないと、、、。この年齢のお子さんは、いろいろなものに興味を持ちます。お子さんにとっては、毎日、楽しい発見が続きます。すばらしい日々なのですが、先生にとっては、しかりたくはないし、興味は大事にしたいし。お子さんにとって、便器の中のお水は、とても興味のある素材です。そこで、ぞうさんの登場です。お友達のおむつ交換がすむまで、ぞうさんのお耳をもって、ぞうさんの背中に乗って、楽しい時間をすごします。
 こんなものあったらいいな。今までなかったものを作り出すこと。とても楽しい仕事です。

はしごみたい。

 B棟のトイレシリーズです。B棟の1階は12ヶ月くらいまでのあかちゃん。2階は、11ヶ月から、23ヶ月くらいのお子さんが生活しています。ここは、2階のトイレです。
 これも、なかったものです。たぶん、存在していなかったものです。これに近いものはありました。右側のものはそれを原型にしています。どうしてなかったものかというと、、。
 下の写真は1階です。このようなオムツの交換台は歩けるようになるまでのお子さんにはいいのですが、歩けるようになった1歳3,4ヶ月頃からのお子さんには、なんとなく違和感があります。なんとなく違和感があると感じる原因は、立てる子を抱きかかえて、台の上に寝かせる事に対する抵抗感かもしれません。

普通の交換台です。

 2階にこれと同じサイズを入れるにはスペースがきついのです。2階にはシャワーユニットがあるので、スペースに余裕がありません。しかも、一人の交換が済むまでの間に不快感を我慢させていたくないので、交換台は2つ欲しい。そこで、右側の交換台に加えて、左側の交換台を新たに創りました。11ヶ月から13ヶ月くらいの歩くのがまだ苦手なお子さんは寝たまま交換できます。歩くことが楽しくなったお子さんは立ったままでも使えます。左側の、寝た場合と立った場合の兼用台と、立った場合を中心にした右側の台との組み合わせでいろいろな年齢のお子さんが楽しくおむつの交換ができる環境になったのではないかと思います。歩けるようになったお子さんのプライドを尊重できるようになったかな、と自己満足です。
 今回、依頼された交換台を形にする過程を通して、オムツ交換の発達段階が勉強できました。知らないことがたくさんあります。一つ一つ、知ることはとても楽しい活動です。
 

シャワーユニット、全景です。

 上の文章を読み直してみました。なんとわかりにくい文章であることか! 反省です。シャワーユニットとおむつ交換の流れが表現されていません。しかも、シャワーユニットでシャワーを浴びた後の体をふくため、またシャワー前後の衣服の着脱を兼ねた流れとして設計したことについて、何も触れていません。
 オムツ交換台を設計するときに、この機能を組み込むために、あたまのなかをかき回して、悪戦苦闘したことをすかっり忘れていました。必要なものを創り出し、それが普通の風景になったとき、当たり前の日常の中に溶け込みます。そんな当たり前の日常を積み重ねるのも楽しいことです。

掃除用具の格納

 B棟トイレシリーズ。B棟のトイレにはいろいろのものがあるのですが。その中のひとつ。掃除用具の格納庫。格納庫というほど大げさなものではないのですが。作って欲しいとお願いされたコンセプトが、赤ちゃんたちの沐浴やおむつ交換のスペースに無骨な掃除用具をおくことは良くないことです。赤ちゃんたちが快適に過ごすためには、掃除用具を壁にしまって、存在感をなくして欲しい。ただし、使う必要のあるときには、もっとも作業動線からはずれない場所にあって、出すとき、しまうとき、ワンアクションで動作が完了するようにして欲しい。
 そのような訳で、もっとも重複する動線上で、ドアを開けたらすぐ取れる位置に、もっとも薄い格納庫を作ってみました。

内側はこんな感じです。

 ほうきやモップは、掛けてあるというより、乗っています。引っ掛けるためには、掛けるべき位置を狙って、正確に動作を行わなければなりません。これは、”乗せる”という作業感覚です。乗せるべき定位置以上の上の場所で手を離せば、縦の仕切り板の上に乗ります。ワンアクションで済みます。ちりとりも、ワンアクションではさめます。
 先生たちからは、時々”無茶な”要望も出されます。でも、それらの要望は、お子さんたちに少しでも手をかけてあげたい気持ちの現れです。掃除用具の出し入れなんて、できるだけ簡略化したほうがいいに決まっています。
 そんな忙しい先生たちのために、少しは役に立ったかな?
 こんな質問、先生たちにしても、意味はありません。この風景、すでに先生たちの日常に溶け込んでしまっています。
 また、次の課題。まだ、たくさん、たまっています。楽しみです。
 今回、がんばって、少しだけホームページを更新してみました。ホームページの担当の先生からは、「保育園の教育や遊びの理念、運営の考え方をしっかり発信してください。」と毎日のように言われています。
 たぶん、この程度の更新では、認めてもらえないような、、、。

増築工事の目的について

(参考文書)

2014.9.22

園長

子育て支援新制度への取り組み

(増築工事の目的について)

 

来年度からの子育て支援新制度では、今までの標準認定のほかに短時間認定という制度が始まります。今までよりも短い仕事の人にも保育園を利用してもらおうという制度です。今回の制度の変更の背景には、少子高齢化社会による労働力不足に向けた対策として、より多くの人に働いてもらおうという考え方があります。

そこで、今回の制度変更では、入所基準が緩和されました。今まで基準を満たしていないために入園できなかった人も利用しやすくなります。

両野保育園では、この国の方針を踏まえ、より利用しやすくするため、(旧)第三駐車場に乳児棟の増築を進めています。この工事は、年内(12月)に完成する予定です。

この工事と並行して、(現)第三駐車場に幼児棟の別棟の建設計画を進めています。こちらは年度内(3月)までには完成させたいと思っています。現在、乳児棟の残土が積まれている場所に計画しています。乳児棟の基礎の土の埋戻し後に着工したいと考えています。

床面積を広げるだけでなく、いろいろな機能をもった建物にできたらいいなと思っています。

認定こども園

「認定こども園(幼保連携型)」について思うこと

 

平成27年度から始まる子育て支援新制度。このなかでも、認定こども園の問題は施設運営に直接的に係わる事項です。このことに関する、当園での検討の経過を述べてみます。

私たちは、私たちが社会生活を営み、地域が継続的に維持されるためには、「待機児童のいない地域」という価値はとても大切だとかんがえてきました。そのために、施設の整備や職員の確保等をおこない、年度の途中においても受け入れが出来る条件を積み上げてきました。その結果、足利市では、待機児童ゼロの状態が続いてきました。

私たちは、当初、待機児童がいない限り、認定こども園の問題はこの地域に無縁の課題だと認識していました。そもそも、国の「子ども・子育て会議」の議論では、待機児童がいなければ認定こども園を認定しないことが出来るとの前提で制度設計が行われていたと理解しています。このことは、「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律」第17条(設置等の認可)6項において、明文化されています。

ところが、突然、昨年の12月、内閣府からの都道府県宛事務連絡で、都道府県は施設認可の判断において特例措置をとるようにとの指示が出されました。都道府県が特別に認める数値というものを上乗せして、施設認可の判断をしなさいという内容です。

法律で定められた規定が、事務連絡で覆されるような状況は想定していませんでした。私たちは、幼稚園との役割分担を維持し、待機児童をださない保育園であり続ければよい、とかんがえていました。

しかし、この事務連絡によってこの前提が崩れました。行政は、幼稚園の認定こども園.幼保連携型への移行を容認する方向に向けて舵をきることになりました。このことにより、行政は、待機児童ゼロでバランスをとってきた当該地域の保育園と幼稚園の均衡を崩す決定をしたことになります。

私たちは、一つの仮説を立てました。「すべての幼稚園が認定こども園・幼保連携型になるのであれば、私たちも認定こども園になり、保育制度の一元化に寄与すべきではないか?」

この仮説を検証するため、「私たちが認定こども園になったら、何が起こるのか?」を検討してみました。

検討を進めるなかで、「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律」第14条(職員)第2項「・・・指導保育教諭、主幹養護教諭、養護教諭、主幹栄養教諭、栄養教諭、・・・を置くことが出来る。」との条文に出会いました。なんだ!認定こども園の本質はこれだ! 

私たちは、保育の質を高めるため、保育士、看護師、栄養士などによって構成される組織によって保育を進めてきました。私たちの保育園のすこやか保育(障がい児保育)では、必要に応じて、医師の指示により看護師が注射や導尿等の医療行為を行う場合もあります。また、食育やアレルギー食など栄養士が中心に進めています。看護師は5名、栄養士は2名でチームを構成しています。

第14条において「○○教諭」により認定こども園の職員構成を規定するとすれば、看護師や栄養士の組織を維持することは極めて困難になるとの仮説がたちます。なぜなら、公定価格の設定は基本的に第14条によりなされるであろうし、この規定にない栄養士等については、嘱託として補助金に計上されることが限界であろうと推測されるからです。

したがって、現在の私たちの保育園の機能を維持しようとすると、法律等が大幅に改定されない限り、保育園のままであることが妥当であるとおもいます。

いろいろな資料に目をとおして感じることですが、幼保連携型の認定こども園制度は、保育園と幼稚園の相互の優れた部分を併せ持つ究極の幼保一元化のような説明が多いのではないでしょうか。ネットで「認定こども園の問題点は?」などの検索をおこなうと、「問題なんてなにもありません。幼稚園と保育園のいいところを合わせた制度なので、悪いところを見つけることなんてできません。」等の趣旨の書き込みを目にします。とても無責任なことではないでしょうか。法律の条文を読んでみてください。特に14条は重要です。少なくとも、認定こども園を論じる場合は、直接読むべきでしょう。

14条を読んで感じるのは、認定こども園は、究極の幼保一元化のシステムなどでないことです。幼保連携型であろうと、この制度は保育士・看護師・栄養士などの専門性を持った職員が構成する構造的福祉制度ではなく、○○教諭という教諭だけで構成される学校の一形態、幼稚園の一形態です。幼保一元化として将来的に存続するためには、養護と教育が一体になった制度が主流でなければなりません。認定こども園が○○教諭のみによって組織を構成しようとするなら、それは教育機関ではあっても、福祉と教育を一元化した制度にはなりえません。「就学前の子どもに関する教育、保育等の総合的な提供の推進に関する法律」が示しているのは、認定こども園は、政治的に作られた待機児童解消のための一つの手段であって、今後の制度の主流ではありえないということではないでしょうか。

 

認定こども園については以上の通り判断しましたが、子育て支援新制度のすべてを否定しているわけではありません。短時間認定の制度が付加されたことで、今まで様々な理由で入所要件を満たさないと判断されたお子さんの多くが保育園を利用できるようになる可能性が示されました。

短時間認定の条件をより緩和していくことが、保育制度の一元化の方向性を示しているのではないかと感じています。

 

 

 

とべないほたる

 
「園長あれこれ」を見直したら、「幸福の王子」の書き込みが最後でした。これは、昨年の発表会の記載です。一年間更新していませんでした。とまと組さんの今回の発表会の劇は「とべないほたる」なので、更新しておかないと、「幸福の王子」が今年の取り組みと誤解を招いてしまいそうです。
 今回のとまと組さんの劇「とべないほたる」は、一昨年に一度おこなっています。今回は二度目の取り組みです。前回は、第一巻に取り組みました。その時は担任の萩原先生が台本を書きました。練習の過程で演出を頼まれたので、少しだけお手伝いしました。前回は1組さん、2組さんで別々に取り組んだ二つの劇のうちの一つでした。今回は、1組さん2組さんで、第一巻と第二巻をすることにしました。台本を頼まれたので書いてみました。第一巻と第二巻の途中までは、ほぼ原作どおりにしましたが、第二巻の後半は原作を発展させて創作しました。お子さんたちが劇の取り組みを通して成長し、客席の保護者の皆さんと感動を共有できたら、と思っています。先生たちやお子さんたちがどのようにこの物語を理解し演じてくれるのか楽しみです。

幸福の王子

1月26日(土)に足利市民プラザで発表会をします。発表会の最後の出しものはとまと組さん(年長)の劇です。
今年の春、年長さんの劇のテーマを打ち合わせたときのこと。いつものように、「劇遊びは、子どもたちにみに着けてほしい感性を疑似体験する活動です。」といいました。すると、年長さんの担任の一人の先生が「いろいろ試みたのですが、そのような理想的なテーマを見つけることが出来ませんでした。せっかく、このような意義のある取り組みですので、年長さんの劇の台本を書く権利を、園長先生にあげます。楽しんでください。」とのこと。
 せっかくの申し出なので楽しんでみることにしました。
 前から、気になっていることがありました。ずーと前に、「幸福の王子」の台本を書いたのですが、何か、すきっきりしないものが残っていました。原作は、大人でも、いろいろ解釈が分かれる作品だと思います。
なぜ、ルビーやサファイヤ、金箔を貧しい人たちに届けさせようとするのか?
 前回書いたときには、第一幕の王宮の場面をつくって、子どもたちに理解しやすくする試みをしました。でも、なにか、すっきりしないものが残りました。
悲しみの入り込めない王宮で幸せに育った王子が、宝石や金箔で美しく飾られ、街中の悲しみを見続けている。
この時の王子の気持ちは後悔や自己犠牲なの? もしそうであるなら、就学前の子どもたちにはなじみにくいものだと思います。
子どもたちに必要な感性は、過去に対する後ろ向きな自己犠牲ではなく、未来に対し何かを創り出し、誰かのために役立ちたい気持ち、そんな前向きな気持ちなのかと思います。
法律論議では、王宮にいたとき、王子は何も知らなかった。しかも、王子は幼いまま亡くなった。したがって、大人の責任論では、街の中にひろがる悲しみには、何の責任もないことになります。
 ほんのちょっと、練習風景を覗いてみました。子どもたちの感性には驚かされます。子どもたちの心のしなやかさ、強さ、優しさ、、、。すばらしいものです。